尊い小学校の「道徳の時間」..。と、靴を揃えることと..。

人生・人世・人間関係

視聴覚室で、黒いカーテンを閉め切り、小学生の心としては、妙に神妙な心持ちで見ていた覚えがあります。

私たちの時代では、寝てみている人はいなかった気がします。

あの時間、真面目に聞いていた子供達には、きっと、無意識であるのだけれど、しっかりと幼心の深く深い場所に、”道徳の精神”が根付いていたのだと思います。

その後に、よほどの、心の傷が付かない限り、私は、人の心が行うことのできない行為は、起こすことはないと信じています。

何を、観たのか、どんな内容だったかは、まるで覚えていないのですが、それでも、根付いた何かによって、人間らしい道義が形成されていると思います。

その頃、寝ていたり、全く見ていなかった子供がいたとすれば、惜しくも、人間としての道徳心が、植え付かなかったのではないでしょうか。

子供を節操や優しさのある大人になるように育てる簡単な方法として、「何時たるも靴を揃えさせること(外に向かってしっかり向きを変えて)」ということを、どこかで、聞いて、「それ、真なり」って思いました。

いつのときも靴を揃えるとは、本当に簡単なように見えて、本当に難しいことだと思います。親も子も、いつか、なぁなぁになってしまうのが普通です。

これを大人までずっと続けていられるような子供は、心優しい、節度のある人に育つと思うのです。

上の2つ、少し、思い込みが入っているかも知れませんが、全くの仮説でもないように思います。

その辺の定かなデータがあれば、凶悪な犯行を、ある程度、未然に防げると思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました