40代・50代の「輝かしい1990年代J-POP」1990年1月ヒットソングランキング1位ー5位

今にこそ映えるもの

50歳を越えた世代の自分には、めっきり口ずさむことのできるJ-POPが少なくなってしまったが、遡ること1975年12月、ショーゲキ的なメロディ「およげたいやきくん」を耳にしたときから「良い曲って心地良いんだ」と「自分の心」で感じた。

昭和には昭和の名曲があったが、それは別の機会にして、毎週毎週が輝かしいほどに「ゴールデン級の名曲」のオンパレードだった1990年代を振り返って追い掛けてみたい。当時は、自身、あまり触れることが少なかった歌詞などにも思いを馳せてみたい。

順位アーティストタイトルYouTube動画
1位山下達郎クリスマス・イブhttps://youtu.be/j4ovQDuqqgw
2位工藤静香くちびるから媚薬https://youtu.be/–6RY_0F3q0
3位オヨネーズ麦畑https://youtu.be/5cD1SuXoK1s
4位勇気のしるし牛若丸三郎太https://youtu.be/746v_877dzI
5位長渕剛しょっぱい三日月の夜https://youtu.be/FNYSY_yWChI

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1位 山下達郎 クリスマス・イブ 発売日1986年11月

作詞・作曲: 山下達郎

誰もが知っているJR東海CM「ホームタウン・エクスプレス」クリスマス編。1988年12月に放映するCMとして制作され、遠距離恋愛のカップルが新幹線でクリスマスに再会を果たすストーリーが描かれた。

このCMが放映されると、日本において「恋人同士でクリスマスを過ごす」という新たな文化が生まれるなどの社会現象を巻き起こした。主人公の女性には、当時15歳の深津絵里が起用されて一躍認知されるようになった。山下達郎は当時36歳。
ウィキペディア(Wikipedia)より抜粋

必ず今夜なら言えそうな気がした彼氏だったが、現れなかった彼女。きっと君は来ないとしながらも心のどこかで待ち続けたい気持ちを歌う。

2位 工藤静香 くちびるから媚薬 発売日1990年1月

作詞: 松井五郎 作曲: 後藤次利 編曲: Draw4

「黄砂に吹かれて」に続く9枚目のシングル。工藤静香は当時19歳。

情熱それだけで媚薬 ひとくちでもとりかえしつかない 涙さえいいの
嘘じゃないときめきはなしたくない みつめればいいよ
どうなるのかなんてわかりたくない 深い熱愛に溺れていくさまを歌い上げる。

3位 オヨネーズ 麦畑 発売日1989年8月

作詞・作曲: 榎戸若子 補作詞・曲: 上田長政 編曲: 伊戸のりお

当時 長田あつしが49歳

麦畑で愛を育み、お互い鍬を持つ手が震えながら、鎌を持つ手が震えながらプロポーズする純愛を歌う

4位 牛若丸三郎太 勇気のしるし 発売日1989年11月

作詞: 黒田秀樹 作曲・編曲: 近藤達郎

三共の栄養ドリンク「リゲイン」のCMソングとして1989年に発表。歌詞に登場する『24時間、戦えますか』というキャッチフレーズは著名であり、後年ではバブル景気期を象徴するCMソング・フレーズとして扱われる。 ウィキペディア(Wikipedia)より抜粋

当時 牛若丸三郎太 年齢不詳 (当時時任三郎は32歳)

ある意味、一番、日本のサラリーマンが輝いていた時代。世界に、”日本”というステータスが確立されて「ビジネスマン」という呼称で歌われている。

有給休暇に希望を乗せて北京 モスクワ パリ ニューヨーク
年収アップに希望を乗せてカイロ ロンドン イスタンブール
話がちがうじゃないか。ルールを無視した商談のすすめ方、私には許せん!
YESか、NOか、ハッキリしてもらいたい 私はジャパニーズ ビジネスマン。
よーく、覚えておきたまえ。ハハハ・・・・ とYESしか言えない日本人サラリーマンの理想像を偶像化している。

5位 長渕剛 しょっぱい三日月の夜 発売日1989年12月

作詞・作曲: 長渕剛 当時 長渕剛33歳

自分を負け犬に喩え、色々な葛藤の中で悶え苦しみ月に吠える様子を歌う
そのときに見える月を「しかめっ面したしょっぱい三日月」となぞらえる。

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